reedは何で作る? ダンチク? ヨシ? 

前回、篳篥のリードは「ヨシ」で作り、クラリネット・オーボエ・ドゥドウク・管子のリードは「ダンチク」で作るということを書きました。
でも、普通「ダンチク」なんて言わず、クラリネットのリードだって「ヨシ」あるいは「アシ」で作る、って言ってませんか?
今回は、「ヨシ」と「ダンチク」の疑問について書きます。
 
◆まずその前段階として、紛らわしい言葉を整理しないといけないですね。
〇「ヨシ」と「アシ」 
「アシ」では言葉が悪いので「ヨシ」と言い換えたと言います。「するめ」が「あたりめ」になったようなもの。
だから「ヨシ」と「アシ」は同じと考えてください。
「明治期に植物学が始まり、ヨシを採用。駄洒落が公用語になった。」(パンフレット『鵜殿を遊ぶ』より) のだそうです。
 
〇「葭」「蘆」「葦」「芦」 漢字もいっぱいあって困ります。
葭=春のヨシ、蘆=夏のヨシ、葦=冬の枯れたヨシのことだと言います。芦=略字です。
 
→とりあえずここでは「ヨシ」と表記することにしましょう。
 
さて。
〇「ヨシ」をWikipediaで調べると、イネ科 ダンチク亜科 ヨシ属 ヨシ(種)とあります。
学名はPhragmites australis (またはPhragmites communis)

*「セイコノヨシ(セイタカヨシ)」「ツルヨシ」はヨシ属の別種です。

〇「ダンチク」はイネ科 ダンチク亜科 ダンチク属 ダンチク。

学名はArundo donax

 ← 写真の上2本の長いのが鵜殿の「ヨシ=Phragmites australis」。下3本がイタリア産の「ダンチク=Arundo donax」♪
(このダンチクは細め。表面がヨシよりつるつるしていて、肉厚、節が短いです。)

「ダンチク」なんて聞きなれない言葉より「ヨシ」のほうがずっと馴染があるというのに、「ヨシ」は「ダンチク亜科ヨシ属」なんですね。「ダンチク」の一種類に過ぎないという分類です。

逆に、Arundoの学名の日本語訳には「ヨシ」という言葉がどこにもない。

小学館の「日本大百科全書」で「アシ」を引くと、こんな説明がありました。

「日本でアシと訳されたものの多くは別の植物のことをさしている。たとえば・・・アンデスの芦笛はイネ科のダンチクが用いられている」

・・・え?「アシ笛」は、アシ(ヨシ)で作られているのではなくて、ダンチクで作られている?!

じゃあ、「ダンチク笛」じゃないですか!

家にあったアンデスのアシ笛=サンポーニャを見てみました。

確かに我が家にあるイタリア産のリード材=ダンチクとつるつるした表面や肉厚な感じがよく似ています。鵜殿のヨシとは、似ていません。

調べるとやっぱり、現地の言葉でchukiとかchajllaと呼ばれている、Arundo donax=ダンチク が材料だとあります。

ダンチク笛と言わずに、アシ笛というのはなぜでしょう?

「Arundo」を日本語訳するときには、「ダンチク」とは言わず「アシ」としてもいいのでしょうか。ううん。ややこしい。

馴染みのないラテン語学名はさておき、ヨシは英語でreedだったはずですが・・・ランダムハウス英和辞典で調べてみましょう。

 

〇reed

1.アシの茎:沼地に生える背の高いイネ科の草の茎;特にヨシ属Phragmites, ダンチク属Arundoの茎。・・・(中略)・・・

5.(1) あし笛:アシやその他の植物の中空の茎で作った牧羊者のそぼくな笛。(2) リード、簧(した)・・・(後略)・・・

やっぱり! ヨシもダンチクもreed に含まれていたんですね。

そしてこの辞典で「アシ」と「ヨシ」が使い分けられているのは、包括的な「reed=アシ」の中に、植物名としての「ヨシ」「ダンチク」が含まれるってわけだ!

うーん。文頭に書いたヨシもアシも同じもの。という定義が怪しくなってしまいました・・・!

ヨシ製でもダンチク製でもreedの茎で作った笛は、reed=「アシ笛」と呼ばれたというのです。

つまり、英語の「reed」はヨシもダンチクも含むにも関わらず、和訳すると「アシ」または「ヨシ」になってしまう。

どうやらそこにややこしさの原因がありそうです。

 
よくわかりませんが、植物として生えている「ダンチク」を「ヨシ」とは呼ばないのではないでしょうか?
でも、アンデスの笛となった「reed」、楽器の付属品(リード)としての「reed」を 日本語にすると、ダンチクで作られているにもかかわらず、「アシ笛」や「アシ(ヨシ)でつくられたリード」ということになってしまう。っていうことでは?
 

学名では「ダンチク亜科」の下に「ヨシ属」と「ダンチク属」があって、むしろダンチク(Arundo)がヨシ(Phragmites)とダンチク(Arundo)を包括しているのです。

それなのに日本語としては「アシ」(または「ヨシ」)が「ヨシ」と「ダンチク」両方に用いられることがある。だからたいへん紛らわしいのです!

 
仮説としては、西洋ではPharagmites (ヨシ)より Arundo (ダンチク)が身近にあり、日本ではArundo より Phragmites が身近にあった、ためにこの混乱がおこったのではないでしょうか?
篳篥のリードに世界中のダブルリードで使われている Arundo ではなくPragmites を採用したのも、そのほうが身近にあったことと関係があるのかもしれません。
 
もしかしたら、篳篥のリードは日本に来た当初はヨシだったわけではなくて、ダンチクだったかもしれませんね。
奈良・京都あたりに渡ってきた千数百年前にはダンチクが用いられていたのに、地元の材料でなんとか似たような楽器を再現して作ろうとした人が、身近にある鵜殿のヨシで作ってみたらなかなか調子がいい・・・というので、ダンチクからヨシにすり替わった、なんて考えたらなかなか楽しい。
他の土地のPragmites(ヨシ)は細くてダンチクの代わりにならないけれど、鵜殿にはたまたま太いヨシが生えていたからそれが可能になった・・・かも。
 
さてさて、
パスカルの「人間は考える葦である」という言葉。川辺の細いヨシを見て納得していた私ですが、もしかしたらヨーロッパの人はダンチクの姿を想像しているのかしら・・・? ちょっと立派すぎる気もするのですが。
 
ややこしい文章にお付き合いいただきありがとうございました!
ヨシとダンチクについて、ウンチクのある方がいらっしゃいましたら、是非この雑文のヨシアシについて、ご教示いただければ幸いです!